症例概要
50歳代前半の女性が、以下の症状を訴えて来院された。
– 食欲の完全な消失
– 強い不安感
– 左腰部と左鼠径部の持続的なうずき
– 左腰部と左鼠径部の気持ち悪さ
– 嗅覚の鈍化
特に就寝前や就寝時に左腰と左鼠径部のうずきが強くなり、前方は胃部、後方は肩甲骨下角方向へと放散し、睡眠にも影響が出ていた。
来院経緯
発症後、整形外科、内科、耳鼻科を受診するも「異常所見なし」と診断され、途方に暮れていた。自律神経の問題ではないかとインターネットで検索し、当院へ来院された。
初診時所見
– 左腰部:後仙骨孔と仙腸関節に圧痛あり
– 左鼠径部:鼠経靱帯中点付近に軽度圧痛あり
– 腹部:神闕穴から鳩尾穴までの触診で中脘穴にやや張りあり
– 左季肋部:張りあり
– 左膝窩部:圧痛あり
– 左下腿外側部(胃経ライン):強い張りあり
治療計画
患者さんに対し、手探りの治療となること、週2回の来院で5〜6回の施術を提案した。この期間で完全に改善するのではなく、症状軽減が認められ、患者さん自身がその後の経過に期待が持てれば継続していただくよう説明した。
治療経過
第2診:鼻の通りがやや改善するも、他の症状は不変
第4診:前日から当日にかけてうずきが強まり、陰部神経へのパルス通電を施行
第5診:鼻の通りは安定。嗅覚の回復待ちの状態
第6診:日中のうずきは軽減。就寝時の鼠径部と腰部の気持ち悪さが相対的に強く感じられる
第8診:数日前に鼠径部と腰部のうずきと気持ち悪さがピークとなり、患者から相談の電話あり。あまりにもつらいので救急車を呼ぼうかと思ったそうです。
婦人科受診を勧めたが、異常所見なし
第9診:鼠径部と腰部の症状は「うずき」から「気持ち悪さ」へと変化
第10診:頸椎のアライメントが改善
第12診:患者さんと相談のうえで週1回の通院に変更。くしゃみや臭いに反応し始める
第13診:鼠径部と腰部のうずきと気持ち悪さがピーク時より軽減したことを患者さんが実感
第15診:数日前に発熱と頭痛あり。日中の鼠径部と腰部の症状がさらに軽減
第22診:別件で似田敦先生のAN現代針灸治療ブログでメニュエ症候群に関する記述を読み、患者さんの症状と酷似していることに気づく。左TLJ(胸腰椎関節)の圧痛部に刺鍼したところ、うずきと気持ち悪さの強い反応点に鍼の響きがあった
第24診(現在):嗅覚が回復。不安感もほぼなし。鼠径部から胃部への症状は消失し、食欲もすっかり回復。左腰から肩甲骨から下角へのうずきがわずかに残存。週に1度、うずきを全く感じない日が出現するようになった
考察
患者さんは既に回復傾向が見られていたが、TLJへの施術後に症状改善が加速したことから、「病名はないが症状はある」状態ではなく、おそらくメニュエ症候群(Maigné syndrome Maignéはフランス人医師の名前、フランス語読みでメニュエ、通称メイン症候群)であろうと説明した。鼠径部や左仙腸関節付近の痛みはTLJ由来の神経から、また腹斜筋への刺激が胃部へ影響し、食思不振を引き起こしたものと推測される。鼠径部と腰部から肩甲骨下角や胃部への放散痛の機序は明確ではないが、症状の関連性が見えてきたことは貴重な臨床経験となった。
後日、講習会の開始前に似田先生に経緯を説明したところ、先生はにっこり微笑んでおられたのが印象的であった。